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■MSXはなぜユーザーを引きつけて放さないのか
投稿者 bois : 2005年05月11日 | [EDIT]
MSXはなぜユーザを引きつけて放さないのか、単なる思いつきで書いてみる
思いつきなのでこの行を打っている瞬間、何も考えていない。どうなる!
なんか、昔にも書いた気がするけど、気のせいかな・・・まぁ、いいや。
MSXが現役であった当時、そのころの小中高校生が、お年玉や親へのおねだりで何とか買える安価なパソコンの代表格であったMSXは、社会人よりもむしろ学生を中心にした若年層に普及した。
僕の場合、初めてMSXに触ったのが'84年付近で、それ以降十数年MSXに熱狂していた。
所得が無いことから、他のパソコンに移ることもできず、MSX2を購入し、2+を購入し、多少余裕があった人はturboRを購入した。他のパソコンユーザに比べて、同一機種に関わっている時間が長いのが特徴である。
なおかつ、廉価版パソコンの代表であるMSXは、先日も述べたとおり、ユーザーの大半に「他のパソコンよりもスペックは劣る」と認知されており、他機種のゲームが移植されるや「MSXでよくぞここまで!」と言った大絶賛をする、MSX賛美の傾向が見受けられた。こうした盛り上がりが、MSXユーザの一体感に寄与したことは想像に難くない。
そして、雑誌による影響も見逃せない。
MSX関連の雑誌は、専門誌がMSXマガジンとMSX-FAN、他機種混在がBASICマガジン、I/O、ポプコム、ログイン、プログラムポシェットなど多数あった。
いずれもユーザが作ったプログラムを投稿作品として誌面に載せており、個性的なゲームについてはその作者性を強く推していた(この傾向はMSX専門誌であるMSXFANと、その前身であるプログラムポシェットに特に強かった)ことから、投稿者の神格化が行われ、読者のあこがれの対象になった。
今のような「プロフェッショナルによる作品」ではなく「自分と同世代の一般人」の投稿であったが故に、そして開発環境がパソコン自体に入っていたが故に、読者が自らプログラムをする機会に恵まれ、自分で工夫し、苦労し、成し遂げていくことを体験した。
この重要な体験が、非常に強く印象に残っていると思う。
若年層にとって、多感だと言われるお年頃に触れる物は、その後の思考に大きな影響を及ぼす。
成人よりも「集中力を持って物事に夢中になる」若者の多くは、時間を忘れて熱中したことが多いはずだ。
重要な成長過程のうち、少年時代をMSXに夢中になり空想して工夫してきた人にとって、MSXを否定することは、自分の人格形成のプロセス自体をも否定することになる。
MSXのBASICは、同時期に発売されていたパソコンのBASICに比べて優れているわけでもなく、むしろ機能面では旧型のBASICであるにも関わらず、いまだにMSX-BASICは良かった・最高だと宗教的に言われているのも、こうした「自己否定・人格否定できない」特徴が現れているのではないかと思う。
つまり、今なおMSXを熱狂的に支持している人は、自分がこれまでたどってきた過去を否定できないがために、今後もMSXを受け入れて行かなければいけない気になってしまっているのではないか。
MSXは当時特徴的だった「安価で」「互換性があり」「チープなわりに長寿命」であった事が、現状のMSXユーザの生き残りを支えているのではないかと思う。
とか、適当なことを言ってみるテスト。なんかすごいこと書いてるなぁw
そろそろMSXで何か作ろうと思いつつも、なかなか重い腰が上がらないBOISでありました(*´−`)
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