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ShortNovel
1999年11月日記に連載
可奈の場合
その日、僕は可奈から電話をもらった。
話があるから公園まで来て欲しいとのことだった。
用があるなら電話でと僕が言っても、可奈はどうしても会って話したい、電話では話しづらいからと言って聞かなかった。
受話器を置いた僕は、しかたがないなと約束の公園に出かけた。
秋。
枯れ葉に覆われた地面に振る夕日。長く伸びた木々の影。
冬に向けて身支度をはじめたはかなげな草木。
肌をかすめていく冷たい秋風が吹く公園に、彼女は一人たたずんでいた。
「どうしたんだ? 急に」
僕は彼女に声をかけると、彼女はちいさく、ごめんね急に、と謝った。
その彼女の顔に、いつもの笑顔はなかった。
そして、沈黙。
普段の彼女とは違うのは、すぐにわかった。
じっと、彼女の言葉を待つ。
時折、噴水が空を駆ける音、遠くで子供達が無邪気に駆け回る声が聞こえてくる。
ふいに、彼女の瞳が潤み出す。そして、その口から出た言葉に、僕の頭の中は真っ白になった。
「幼稚園のころから、ずっと、あなただけを見ていたの。私、ずっとずっと、あなたのことを好きだった。」
可奈はあふれそうな涙をぐっとこらえながら、僕のほうを見ていた。
幼なじみの衝撃の告白。
まずは自分の耳を疑った。目の前にいる女の子は、事実、僕の方を見つめている。
そんな僕の気持ちを察してか、彼女はもう一度繰り返す。
「本当に…好きだった。」
そして、彼女はまちがいなく、幼なじみの可奈だった。
僕は彼女のことを妹のように見ていた。
僕には、可奈ではない、好きな女の子もいた。 それは可奈が女としての魅力に欠けていたわけではなく、僕自身が可奈の事を恋愛の対象から無意識に外していただけのことだった。
あまりにも近すぎる存在。僕は彼女のことを空気のように見ていた。
そこにいてあたりまえだと感じていた。
でも、本当に必要なものは、失ったときにはじめて、その大切さに気づく。
「でも、それも今日でおしまいにするね。私の一方的なわがままで、これ以上あなたに迷惑かけられない。」
僕の胸は痛んだ。
彼女は本当に僕のことが好きらしい。それは彼女の真剣な眼差し、小刻みに震える肩、涙に潤んだ瞳、消えそうにかすれた声が物語っていた。長年幼なじみとしてつきあってきたからこそ分かる、彼女の気持ち。
なぜ、今まで気づいてやれなかったんだ。
彼女は、たった一人、いままで悩んできたのだ。
僕は僕の好きな女の子のことについて、ことあるごとに可奈に相談していた。
そんな僕に対して、彼女は熱心に耳を傾けて、アドバイスをしてくれた。
今思えばその時の彼女は、すこし寂しげだったように感じる。
僕は、可奈の気持ちなんて、全然考えてなかった。
ずっと変わらぬ関係だと、勝手に思いこんでいた。
可奈は自分の好きな男が、他の女の子を好きだと知ってもなお、好きな男、僕のためにいろいろ尽くしてくれた。
そう言えば、僕が可奈に好きな女の子のことをはじめて相談した直後、1週間ほど体調を崩したと言って学校を休んでいたことがあった。
僕はさして気にもとめず、本当に体調を崩したのだとばかり思っていたけれど、あれは、僕の告白が……好きな男が……自分以外の女の子を見つめていた事実を知って、ただただ、泣いていたのではないか。
「ごめんね、ごめんね。迷惑だよね? 私。やっぱり、迷惑だよね……。」
こらえきれなくなった涙が、彼女の頬を滑り落ちる。
その涙が、胸に痛い。
こんなにも、こんなふうに泣いてくれる女の子がそばにいたことに気づかなかった自分に対して、はずかしくなった。
僕は、彼女にかけてやれるような言葉を持っていなかった。
「本当は言わないつもりだった。でもね、あなたに私の気持ちを伝えずに胸にしまっておくなんて、できなかった。ごめんね。私の勝手なわがままだよね。ほんと、ゴメンね。」
むせび泣く彼女の姿に胸がしめつけられる。
せつない。
いとおしい。
…僕は気が付くと、彼女を強く抱きしめていた。
「可奈、ごめん。ごめんな。ごめんな…」
僕はそれしか言えなかった。そして、泣いていた。
僕には永遠とも思えるほどの長い沈黙の後、彼女は僕の腕をしずかにほどくと、こう言った。
「これからも、友達でいられるよね?」
彼女の口から出た言葉は、重かった。
友達。
友達って何だ?
彼女の好きという気持ちを知ってしまった僕には、今まで通りの関係に戻る自信がなかった。
彼女の言う友達の意味がわからない。
彼女は、好きな人のことをあきらめられると言うのだろうか?
僕たちは、互いに好きになることが禁じられた関係になってしまうのだろうか?
延々と繰り返される自問のなかに答えはない。
僕は押し黙ったまま、彼女を見ていた。
再び長い沈黙。
そして、焦り。
何か言わなければ崩れてしまう関係。
答えはどこに?
なんと答えればいい?
激しく悩んでいると、彼女の唇が動いた。
「ごめん。また、あなたを困らせちゃってるね。友達だなんて、調子良すぎるよね。でもね、正直言って疲れちゃった。私がどれだけあなたのことを見ても、どれだけあなたを想っても、あなたは、私を見てはくれなかった。好きな人の近くにいるはずなのに、幸せなはずなのに、ずっと、つらかった。だからもう、おわりにする。今日で、幼なじみとしてのあなたとの関係は捨てるの。じゃぁね。勝手なことばかり言って、本当にごめんね。」
彼女は涙をながしたまま、寂しそうに笑顔を作って小さく手を振る。
「バイバイ」
そのまま、彼女はきびすを返すとゆっくりと歩き出した。
待ってくれ…。
いかないでくれ…。
振り返ってくれ!
まだ、僕の気持ちは宙を舞っていた。
気づけば彼女に強く惹かれている自分の心がある。
彼女はもう二度と、僕のことを好きになってくれないのか?
もう終わってしまったことなのだろうか?
過ぎ去ったこととはいえ、僕は激しく後悔した。
たのむよ……もういちど、僕のことを見てくれよ…。
その想いが通じたのか、彼女はぴたりと足を止め、振り返った。
彼女の瞳には、すでに涙は、ない。
僕は再び彼女にかける言葉を探していた。
ここで何か言わなければ、本当に終わってしまうと、心の警笛がそう教えていた。
次の瞬間、僕は自分の耳を疑った。
「うそだよー。私は最初からキミのこと何とも思ってないし、好きでもなんでもないよー!
だまされた? そうだよねぇ。私の迫真の演技だったもんねぇ! じゃーね! バイバイ!」
彼女はさっと振り返り、駆けていった。
そして、僕の視界から消えた。
演技?
本当に?
そうは思えなかった。彼女はおそらく、そうすることで僕との友達関係をくずしたくなかったのだと思う。
勝手な解釈だけど、そうあってほしいと願っていた。
僕は、彼女のことを、まだ好きだとは言えない。
でも少なくとも、彼女のことは気になる存在になった。
頼むよ、僕のこと、もう一度、見てくれよ。
友達なんて寂しいこと、言わないでくれよ………。
「永遠なんてどこにもないよね。」
「いや、あるよ。僕と可奈の関係は、ずっといっしょだろ?」
小学生の時に交わした言葉を思い出す。
そうだよ。永遠なんて、本当はなかったんだ。
僕は手で涙を拭うと、日の暮れた夜の街に吸い込まれていった。
それからというもの、寝ても冷めても可奈の事を考えるようになった。
僕を好きと言ってくれる女の子は、僕の最も近いところにいた。
ただ、僕が気づいていなかっただけだ。
対照的に、以前から好きだった女の子のことは、あまり考えなくなっていた。
そりゃそうだよな…僕の一方的な片想いだし…。
彼女たちを天秤に掛けてしまう自分がいることに気づいて自己嫌悪することもあったけど、それでも可奈を想う気持ちにも、その女の子への想いにも、嘘はなかった。
あの日から、可奈は僕の家を訪ねなくなった。それまで毎日なにかにつけて家に来る可奈をうざったいと思っていた自分。可奈がこなくなったことは、僕自身、望んでいたことじゃなかったのか?
毎日毎日、僕の名前を無邪気に呼んでくれる可奈。僕の存在を肯定してくれる可奈。
それを失ったことが、僕の胸に、ぽっかりと空いた大きな穴となった。
1ヶ月。
僕はいろいろなことを考えた。
学校で可奈に出会ったら、どんな顔をすればいい? どんな対応をして、どんなことを話せばいい?
彼女は言ってたよな。
「今日で、幼なじみとしてのあなたとの関係は捨てるの。」
その言葉通り、学校で出会っても素知らぬ顔で通り過ぎて行く彼女。偶然目があっても気づかぬ振りをして友達との会話に花を咲かせる彼女。僕は本当に、避けられていた。
そんなの、あんまりだよ。
残酷すぎるよ、可奈…………可奈…。
女々しい奴だと言われてもしかたがない。
僕はひどく落ち込んでいたし、可奈への想いは日に日に増すばかりだった。
好きだという気持ち。
それがこんなにも辛いことだなんて、思っても見なかった。
彼女は、10年以上もこの想いを背負って生きていたんだな…。
そう思うと、いたたまれなかった。
電話をしてみよう。とにかく、彼女と話をしたい。
僕の想いを伝えたい。
同じ時間を共有したい!!
僕の中で大きくなっていく、彼女への好きという気持ち。
伝えたい。
受話器を持ってダイアルする。
ボタンを慎重に押す。その間も、僕はいろいろ考える。
はじめに何を話そう。
どうやって切り出したらいいんだろう?
考えるほどに頭が真っ白になる。何も思いつかない。
だめだ。
僕は受話器を何度も手に取りつつ、結局最後までボタンを押すことができなかった。
電話。数回ボタンを押すだけで彼女とつながるはずなのに、それがこんなにも怖い。
自分の気持ちを、声だけで伝える自信は、まるでなかった。
いくじがない?
そうかもしれない。だけど、真剣に想うからこそ、何もできないことだってある。
いても立ってもいられなくなった僕は、直接、彼女の家に足を運んだ。
彼女の家。
僕の家のすぐ隣。
自分の家のように気楽に入れた1ヶ月前。
何が変わったというのだろう?
僕はインターホンのボタンを押すことも、彼女の名前を呼ぶことも、ドアをノックすることもできずに、ずっと彼女の家の前で、彼女がよく顔を出していた窓を見上げていた。
懐かしい思い出が甦ってくる。
小学生の頃、彼女のお気に入りだったパンダのぬいぐるみ。
窓まで背が届かなかった彼女は、あの窓からパンダのぬいぐるみだけをのぞかせていたっけ。
(わたしはここにいるよ。)
彼女なりの自己表現。
パンダがひっこんだあと、窓から見えるピースサイン。
(あそびにおいでよ。)
そのサインを見て、彼女の家に上がっていたあの頃。
どんな喧嘩をしても、そのサインがあれば、また仲良く遊んでいたあの頃。
そんな些細な事が、鮮明に頭の中を駆けめぐる。
思いを馳せている僕の後ろで
「あ…」
と歩みを止める人がいた。
振り返らずとも分かる。彼女だ。
僕は、彼女の方を見ないまま、ごく自然に言葉を発していた。
「公園……、一緒に行かないか?」
返事は期待していなかった。
僕はほんの数秒だけ待ってから、そのまま公園へ向かった。
遅れて、彼女もついてくる。
5分ほど無言で歩いて公園に着くと、ようやく僕は彼女の方へ体を向ける。
「話が……話が、あるんだ。」
僕は、なんとか彼女の気を引こうと、一言一言慎重に言葉を選ぶ。
彼女はうつむいたまま、こちらを見ようとはしない。
「俺、いまさらだけど、やっと気づいたよ。
いつも近くに可奈が、お前がいたことが、どれだけ大切なことだったかって。」
静寂。少しためらったあと、僕は続けた。
「俺も、お前のこと、好…」
あと少しで、楽になれる。僕の、好きという気持ちを伝えられる。そう思った時、彼女は強い口調で僕の言葉を遮った。
「待って!」
なぜ?
どうして彼女は僕の言葉を遮ったんだ?
僕の言葉を、なぜ最後まで聞いてくれないんだ?
わからないよ、可奈。
教えてくれよ……。
彼女のたった一言で僕は冷静さを失っていた。頭の中は再び真っ白になり、ただ焦りだけが心を支配していく。
それでも精一杯考えて、言葉を紡いでいく。
僕が一番伝えたい言葉。それを繰り返す。
「お前を好…」
「やめて!!!もう……もう、それ以上、言わないで……。」
もう、わけが分からない。
彼女がなぜ僕の言葉を聞こうとしないのか、どうしてなんだ…。
何も考えられなくなった僕は、もう一度、そして、これが最後だという気持ちで、声に出す。
「俺は、ただ」
「やめて! やめて、やめてよ。言わないでよ…」
再び、僕は彼女の涙を見た。
涙?
「わたしに同情して、好きになってもらっても、そんなの……そんなの、嬉しくないよ……」
同情?
「な、何言ってるんだよ。ぜんぜんわけわかんないよ…」
同情なんかじゃない。この気持ちは、可奈、本当なんだよ。もう、我慢できないよ。
「あなたに、そんなこと言われたら、わたし……ただの惨めな女じゃない……」
違うよ、可奈。だから、僕は本当に……。
「もういいんだよ。わたしたち、もう、終わっちゃったんだよ。」
頬を濡らす彼女につられて、僕の目にも涙が浮かぶ。
何が終わってるんだ。
終わりなもんか。
始まったばかりだよ。
ぜんぶ、これからなんだよ。これから、二人で創るんだよ。永遠に変わらない想いを…。
彼女は去り際、ぽつりと言い残す。
「永遠なんて、ないんだよ…。あるわけ、ないんだよ……」
昔から変わらなかった、彼女の想い。
叶わぬ恋だと一人で終わらせてしまった寂しすぎる女の子…。
可奈、お前は勘違いしてるよ…。
「永遠はあるよ! 永遠は、自分たちで創れるんだよ…」
声に出していた。
昔から変わらなかった、僕の想い。
ただ、昔と違うのは、本当に、彼女を好きだという気持ち。
彼女は、僕の言葉に何も返すことなく、その場を去っていった。
一人残される僕。
この場所で、たった一人になる、2度目の僕。
……終わったんだな。
結局、お互いに好きになることを禁じられてたんだ……。
こんなことなら、幼なじみとして生まれてこなかった方がよかったよ。
やっぱり、永遠なんて、どこにもないのかな……。
彼女を追いかける気力もなくなった僕は、ベンチに腰掛けて、雲に覆われた11月の空を見上げ続けた。
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