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ShortNovel
2000年2月日記にて連載
日常と非日常にある接点
第一話
僕が一人暮らしを初めてから、かれこれ6年と数ヶ月になろうという今日。会社勤め、一般的に言われる『サラリーマン』になってから4年がすぎた。
本格的に勉強するつもりもなく、それでいて就職もしたくなかった僕は、2年制の短期大学を志望し、何の盛り上がりもなく卒業し、平凡なサラリーマン業を営んでいる。
それほど有名な大学でもなく、しかも2年制だったということも重なって、月々の収入はたかがしれていた。それでも毎日、何不自由なく暮らせるいとまある日々というのは悪くない。東京近郊でありながら2部屋バス・トイレ・キッチン付き家賃3万5千円の格安ボロアパートに暮らしていくことさえ目をつぶれば、仕事もがんばれるというものだ。
今日もまた、午後5時きっかりに仕事を切り上げて帰宅した。途中でいつも通い詰めの八百屋で売れ残っている食材をまけてもらって食料を確保。あとは軽く調理して腹に収めて寝るだけだ。
アパートに到着し、いつも通り郵便受けをのぞく。一人暮らしを初めてからダイレクトメールと支払い請求書以外の郵便物を受け取ったことがない僕は、それでもなお人恋しさから郵便受けを欠かさずチェックしていた。
「(あれ…)」
今日は、やけにたくさんの郵便物が入っていた。全部で7通。どれも見慣れない封筒。差出人は……知らない人だ。
気になってよく見てみると、それらはすべて僕宛の郵便ではなく、全く知らない人へ宛てた郵便だった。住所は……たしかにここのようだ。
「(4年も経ってるのに、今さら誤配?)」
明日会社に行くときに誤配の旨を書き添えてポストに投函することを決めた。
105号室。自分の部屋につく前にポケットから鍵を取り出して、ドアの前に立つと同時に鍵穴に突っ込む。4年間、2500回以上繰り返した動作にはいっぺんの狂いもなく正確無比……じゃなかった。
「アレ? 鍵が回らない…」
ガタガタと取っ手を引っ張ったり回したりしてみるが、どうも鍵が回ってくれない。隣人に見られたら恥ずかしいな…と思いながら5分ほど格闘してみる。
「…だめだぁ。壊れたかなぁ。さすがにボロアパートだけあって…」
そんなことを思っていると、買い物袋をぶら下げた女性が近づいてきた。
「(うわ、恥ずかしいところ見られちゃったかな…)」
ドアの前でうろうろしてごまかしてみる。早く通り過ぎてくれないかな…。
「あの……」
「は、はいっ?」
予想外に声をかけられて裏返った声で返事をしてしまった。どこまでも情けない僕だ……今日はついてない。
「……何か、ご用でしょうか…?」
え? いや、ご用というか…。
「…ぼ、僕??」
きょろきょろとあたりをみまわしてみても、僕以外に誰もいない。間違いなくこの女性……いや、女の子というほうが適切か……は僕に質問している。
「…あの、ここ、私の部屋なんですけど、何かご用ですか?」
「は??」
明らかに怪訝そうなまなざしで僕をにらむ。
「…えっと、あ、ここは105号室じゃなかったんだ。ごめん、間違えたみたい」
とっさに自分の行動を反省してあやまる。そうか、だから鍵もあわなかったわけだ。
「…105号室ですけど…。私、105号室の麻生です。」
冷静になれ。僕のアパートは、105号室、一番南側の部屋だよな。ここは、間違いなく僕の部屋だぞ…。待てよ? 麻生……麻生…どっかで見かけた名前…あ、さっきの手紙!?
不意に手にしていた7通の手紙を見てみる。すべて麻生真弓という女性に宛てたものだ。
「…その手紙…」
女の子の不信感を倍増させる行動だった。とっさに、
「あ、ああ、あなたが麻生さんでしたか…。僕、2階に住んでるんですけど、これ、僕のポストに入ってましてね…」
彼女は半信半疑のまま郵便物を受け取ると、ありがとうございます…と一言告げて105号室に入っていった。
ちらりと見えた部屋の中は、確かに女性らしい家具などが並んでいた。
「あの、麻生さん……失礼ですけど、いつ頃からここにお住まいなんですか?」
「…今年で4年目くらいになりますね…確か、1996年に越してきましたから」
「そうですか…」
恐ろしくもそれは、僕が越してきた年と同じだった。何がどうなってそうなったのか、さっぱりわからない。
迷惑そうな顔をしている彼女をこれ以上止めて置くわけにも行かず、とりあえず近所の公園で一夜を明かすことにした。
第二話
目が覚めれば夢オチだ…そう思っていた。
まず、目が覚めてから、昨日買っておいた食材をそのままゴミ収集場所にだし、喫茶店で軽く朝食を摂った。そして、一応皆勤である仕事へと出かけた。
雑居ビルの建ち並ぶ繁華街にある小さなオフィスが僕のつとめる会社だ。従業員は20人くらいで、敷地面積の割にはたくさんのデスクが並んでいる。オフィスのドアを開けて元気に挨拶をする。この元気はいやなことを忘れるための空元気だ。
「おはようございますっ!」
見慣れた同僚が僕の顔を見て何事かと振り返る。そのうちの一人、受け付け事務の麻美ちゃんが声を返してくれる。
「あ、おはようございます。」
そして、さらに続く。
「申し訳ございません。まだ、始業時間前なんですよ。10時にもう一度お越しいただけますか?」
「え? あの、僕……あ、いや、そうですか。すみません。ちょっと早く来すぎてしまったようで。出直してきます。」
どうして気がつかなかったんだろう。昨日、自分の家がなくなった時点でそれに気がつくべきだった。
居ても立っても居られなくなった僕は、すぐに自分の存在を確認するための行動に出た。
インターネットカフェ。普段は絶対に使わない場所だ。500円で珈琲1杯と30分のネットサーフィンが楽しめるこの場所で、僕は自分が開設したホームページを確認しようとした。
「えーっと、アドレスは…http://www……っと。」
回線をけちっているのか、なかなか表示されない……出た。
「404 Not Found...」
僕の施設ホームページは、無くなっていた。
「バカな! そんなはずは!」
にわかに信じがたい現実に、苛ついた。その後、友達、知人のホームページをくまなく見て回り、僕の痕跡がないか調べたが、どこにも僕の存在は認められなかった。
カフェを後にして、市役所に住民票の確認に行く。しかし、僕は居ない。
「あ、実家に電話すれば何かわかるかも!」
早速電話ボックスに駆け込んで、実家の番号を押す。
「……その番号は現在使われておりません……」
そんなバカな。こんな事があっていいのか? アレか。僕は知らない間に次元の狭間に紛れ込んで、パラレルワールドに来てしまったのか? そんなこと、本当に起きるというのか。”僕が存在しない世界”にとばされてしまったとしても、家族さえ居ないというのはどういうことだ? まさか”僕の一家”がすべて消滅してしまったのだろうか??
他に何か考えられないだろうか。たとえば、そう、何かのテレビ番組で、素人の僕を驚かせてその様子を見るとか、そういうことはあり得ないだろうか? 日頃から、冴えない僕のことだ。関係者から見たら格好のカモに違いない。しかし、それもまた考えづらい…。
こんなのはどうだろう? 実は僕は死んでいて、その死を受け止められずにいる浮遊霊……待て待て。それはやっぱり飛躍しすぎだ。
延々と思いめぐらせているうちに、一晩明かした公園に戻ってきていた。
何をするでもなく、何となくブランコに乗ってゆらゆらと揺れてみる。
「(ブランコって、こんなに楽しかったんだ…)」
心洗われるようだった。
「お兄ちゃん!!」
童心に返っている僕の背後から声。誰だろう…。
「よかった、やっと見つけた…なんでこんなところにいるのよ。」
見ず知らずの女の子がなにやら僕に話しかけている。
「お父さん! 居たよ、お兄ちゃんが!」
「そうか。こんなところに…。まったく、少しはこっちの面倒も考えてくれよ」
見ず知らずのおじさんもまた、僕に話しかけている。
「あの、どなたですか?? お二人ともどなたかと勘違いされているのでは?」
「あー、お兄ちゃん、また始まってるんだ…」
「知枝、お前はもういいから車で待ってなさい」
「はーい」
知枝と呼ばれた女の子は、素直に車に戻っていった。この見知らぬおじさんは、相変わらず僕の目の前に立っていた。
「すまないね。いまうちの息子が行方不明になっていてね。あまりにもあなたがそっくりなもので」
それは大変だ。さぞ心配だろう。
「そうですか、いや、僕は大丈夫です。息子さんを捜してあげてください。」
僕はこの家族の気を遣わせたくなかった。
「あ、すいません。ちょっと電話が。」
おじさんはポケットから携帯電話を取り出すと、二言三言話をして、電話を切った。
「すみませんね。うちの息子、見つかったみたいです。」
「あ、それは良かったですね。さぞ心配だったでしょう? 早く帰ってあげてください」
僕は心底そう思った。
「いや、息子はいいんですよ。それよりもあなたは、何か心配事があるんじゃないですか? とても落ち込んでおられるようですが。これも何かの縁です、もしよろしければ相談に乗りますよ?」
暖かい人柄に、僕は涙が出そうになった。見ず知らずの人が、こんなにも親切にしてくれるなんて…。気がつくと、僕は自分の身に起きた不思議な出来事を、この男性にあらいざらい話していた。
「そうですか……そんなことが……。もしかしたら、お役に立てるかもしれませんよ。」
「本当ですか??」
「ええ。私の友達に腕のいい占い師が居ましてね。あ、占い師と言っても普通じゃないんですよ。超能力とでも言うんですか? この前競馬の勝ち馬をピタリと当てましてね、あの大きな車も、そのときのお金でですね…」
そのあと5分ほど、その占い師の経歴を聞かされた。驚いた。最近の事柄をすべて言い当てている。それならば、僕のこの状況も打開してくれるかもしれない。
「そんな素晴らしい方に占っていただけるなら、是非お願いしたいです。」
その後、僕はおじさんの車に乗り込み、1時間ほど揺られてある建物で下ろされた。
「ここです。」
「え? でもここは…」
看板には”仲道精神病院”とかかれていた。
「さぁ、行きますよ」
「いや、僕は別に精神異常というわけでは…」
「場所は気にしないでください。」
「でも……」
突然、おじさんとその娘さんの態度が急変した。
「まったく、こうもできの悪い息子を持つと、親の身がもたんよ…」
「お兄ちゃん、さっさと入ってよ!」
ちょっと待ってくださいよ…・・・僕はどこもおかしくないんです…
「それに、あなたさっき『息子は見つかった』って…」
「ああ、それは」
「何? お兄ちゃん、あんな下手な芝居、信じてたの??」
芝居だったのか?? 僕をここに連れてくるための? そんな…。
その後、僕は特別病棟に入れられて、外界と完全に隔離された。
彼らによれば、僕は彼の息子で、彼女の兄だということだ。
普段から夢見がちで、あること無いことを妄想して過ごしているという。
しかし、僕は何も変じゃない。至って健全だ。
それなのにどうして、こんな、何もない病室に入れられなければならないんだ…。
僕は…おかしくないんだ…
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