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ShortNovel
2000年2月日記にて連載
転校生
第一話
転校生がやってくるらしい。噂にはいろいろあって、2メートルを超える大男だとか、口が裂けている魔女だとか、どこかの御曹司だとか、そんな何の裏付けもない話題で教室がごった返している。
俺はその転校生のことをすでに知っていた。彼女は俺の家に半年間のホームステイに来たアメリカ人だ。うちの親が「これからは国際交流の時代だ」と言って、ホームステイ家庭として登録していたらしい。俺も、妹の和枝もそんなことは全く聞かされていなかったので、ビジターの受け入れ先「ホストファミリー」として選ばれたと聞いたときは本当に驚いたものだ。
それから4日が過ぎ、今日、彼女は初めての登校となったわけだ。
ざわついていた教室に先生が入ってくる。その後ろには金髪の女の子が付いてきていた。
「おおっ、外国人だぜ!」
クラスの男子生徒が活気づく。担任が何か話しているが、まるで聞こえないくらいの騒ぎようである。しばらく後、彼女の自己紹介が始まった。それまでの喧噪からは信じられないほどの静寂が教室にやってきた。周りの男子生徒の誰からも、彼女の発する一字一句を聞き漏らすまいと言う気合いすら感じられる。
壇上に立った彼女は、なれない日本式のお辞儀をしてから、
「はじメまシテ、マリでス。こんにチワ、ありがト!」
と、曖昧な発音で、自己紹介を終えた。俺の家にやってきた外国人の女の子、マリは、日本語をまるで話せないのだった。
これは仕組まれたことなのか、マリの席は俺の隣になった。その方が教科書やらなんやら、都合がいいだろうという学校側の配慮なのかもしれない。俺は、この前のテストで18点の男には荷が重すぎると反論したが、受理されなかった。
「ヒロシ?」
授業中もそわそわと落ち着きのない彼女は、何かあると哀願するように俺に声をかけてくる。
「大丈夫。えーっと、大丈夫って何て言うんだっけ?? の、のーぷろぶれむ…??」
バカ丸出しの英語と、顔見知りの俺の困った様子を見て安心したのか、マリは軽く笑った。
休み時間になったらなったで、彼女は血に飢えた野郎どもと、野次馬と、物珍しそうに眺めていく生徒たちに囲まれてさんざんな事になっていた。当然、俺の席もその被害を受けている。
「ねぇねぇ、どこから来たの?」
「誕生日はいつなの?」
「血液型は?」
「どうして日本に来たの?」
「日本語はできないの?」
「そのブロンドの髪は染めてるの?」
聞いているこっちが同情するほどの質問攻撃にも、マリは何も答えられずにうつむいていた。彼女は日本語のイロハをまったく知らないのだから無理もない。俺は面倒くさくも
「アメリカ、オハイオ州。7月21日生まれ、AB型、親の仕事の関係。天然。」
と、ぶっきらぼうに答えた。
それから1週間、彼女は相変わらず俺以外の人間と話をしなかった。(とはいえ、英語の分からない俺は、話なんてほとんど出来なかったのだが)。
毎日毎日、彼女の席を埋め尽くしていた野次馬どもも、次第に興味が薄れたのか、それとも俺の愛想のない受け答えが功を奏したのか、彼女の周りから姿を消した。
最後の野次馬が消えるまで、俺は彼女の代弁者として彼女の事を語った。それらはすべて親父から聞かされていた事ばかりだ。
「あー、ようやく寝れるぜ…」
騒がしかった教室もいつも通りの冷静さを取り戻した。
横から俺の肘をつついてくるマリ。何か言いたそうにしている。
「ん? どうした?」
俺が英語を使わないのは、彼女のためを思ってのことだ。
「ありがト、ごめんナさい」
彼女は彼女なりに、自分の意思を伝えようとがんばっている。外国人は他人のことを配慮しない。そう聞かされていた俺には、この彼女の行動は意外に思えた。
「いいって。気にするな。」
ぽんぽんと肩を叩いて励ましてやる。
それからさらに数週間が過ぎ・・・。
相変わらず彼女の日本語の語彙は少なかった。
第二話
マリの日本語習得に対する姿勢が悪いわけではない。まったく何も知らないまま日本にやってくることになった、その生活環境に問題があった。そもそも父親も母親も日本に来ているのであれば、何も俺の家にホームステイに来なくてもいいはずだ。
それでもその形式を取らざるを得なかったのには何らかの理由があるのだろう。俺は、その疑問を口には出さないようにしていた。
あまりにもなじまないマリに、少しでも元気を出してもらおうと、妹の和枝と相談し、マリをいろんなところにつれて回ることにした。
彼女は、日本の文化に触れるうちに、少しずつではあるが笑顔を取り戻しつつあった。町の片隅の路地裏に建ち並ぶ平屋建ての古い建物、その横を流れる天然の井戸水。豪快に咲き乱れる桜色の花。そして、この町にある小さな水族館。その七色に輝く水魚の片鱗。
そんなひとかけらずつの思い出を、マリに残してもらえたら、そして、そこから何かを感じ取ってくれたら…そう思った。
だけど、一番マリを喜ばせたのは、ワクドナルドのハンバーガーだった。彼女はうれしそうにそれを頬張っていた。
「おいしイ。でモ、すこしアジ、ちがう」
笑いながら、しかし、満足そうに笑う彼女を見て、俺は少し安心した。
その後で家に帰り、彼女も俺たちも知っているカードゲームで楽しんだ。
明日からはもっと、マリの笑顔を見られると、そう信じていた。
第三話
次の朝から、俺はマリの笑顔をたくさん見るようになった。そして彼女の朝の挨拶と、少しオーバーなスキンシップ……絵に描いたようなアメリカ人の抱擁……の後、トーストと目玉焼きをうれしそうに食べるマリを見た。
もう、大丈夫だと、妹の和枝と目配せをし、横目でマリを追いかけながら微笑んだ。
学校へ行くと、相変わらずマリはおとなしいままだったが、以前に比べてクラスメイトと話している姿を見る機会が多くなった気がした。
「ねぇねぇ、マリ〜、これって合ってるかなぁ」
複数の生徒が、入れ替わり立ち替わり英語のノートを持ってマリの元を訪れていた。ネイティブスピーカーだからといって、日本の入試用英語問題が解けるとは思えないんだが……。そんな心配をよそに、マリは苦笑しながら問題とにらめっこをしている。
ある朝、マリと俺がいつも通り教室に到着すると、いつまで経っても懲りないクラスメイトが、マリの席にやってきた。
「ごめーん、マリ、ここ、教えてくれないかな〜」
理由はどうであれ、マリがクラスになじむことを快く思っていた俺は、そんな風景がうれしかった。しかし…。ここで突然マリが切れた。
「!!!! !!!!!!!!!」
早口でネイティブイングリッシュで何かをわめき散らし、教室から駆け足で去っていった。
「おい、マリ! どうしたんだよ!」
突然のことに唖然としながらも、とっさにマリの後を追う俺。質問しに来た学生は、事の成り行きにぽかんと口を開けたまま身動きすらできなかった。
マリは、屋上にいた。
追いかけてきた俺の姿を見て、悲しそうな顔をした。
満足に日本語の出来ない彼女は、俺に気持ちを伝えるのに30分ほどの時間を要した。その全体を要約すると、つまり、彼女は人であって、英語の辞典ではない。クラスメイトとは英語辞書としてのつきあいではなく、友達としてつきあっていきたい。それなのに、みんな自分のことを避けている。そういった孤立感から、思わぬ衝動が生まれてしまった…と、こう言うことらしい。
俺は、俺自身の配慮のなさに苛ついた。クラスメイトと馴染んでいるとばかり思っていたのは、俺自身が日本人だったから、そう思っていただけだったのだ。
彼女にとって見れば、そんな心のやり場のない上辺のつきあい、物質的、私欲的なつき合いなど、何の価値もなかったのだ…。
マリは家に帰っても落ち込んだままで、しかし、俺は彼女に言葉一つ、掛けてやれなかった。
第四話
次の日、マリは学校へ行かないかもしれない……。俺はそう思っていた。彼女は先の事件でかなり落ち込んでいるようだったし、仮に俺がその立場だったら、現実逃避しても仕方がない。そう思ったからだ。
しかしマリは朝から妙に元気だった。それが空元気だと思えるほどのハイテンションぶりだった。
「ハァイ、ヒロシ!! グッモーニン☆」
俺は片手をあげて「よっ」と返したものの、実際、彼女が元気になったとは、どうしても思えなかった。
学校でも彼女はなかなかのハイテンションぶりだった。もしかしたら、彼女の中で何かが吹っ切れたのかもしれない。単純な俺は、昨日の出来事は忘れることにした。
クラスメイトはクラスメイトで、英語のノートを持ってくることはなくなった。代わりに、数人の有志たちが、マリと英語によるコミュニケーションを図ろうと、いくつか質問する姿があった。マリはいつもと違う目の輝きを見せていた…ように見えた。
マリにとって見たら迷惑なことかもしれないが、俺は、子を見る親の気持ちになっていたかもしれない。「今度こそ大丈夫だ」と、強く思ったのだ。
しかし、その考えを否定する事件が、その晩に起きた。家でくつろいでいるマリに、アメリカから電話があったのだ。
電話を受け取った父親(うちの家庭で英語が出来るのは、唯一親父だけだ)によれば、声は若い男性のそれであったらしい。
「詳しいことはよく分からんが、案外マリの彼氏かもな。がはは」
そんな豪快に笑う父親の何気ない一言が引っかかった。意味もなく、妙に気になる電話だった。壁を一枚挟んだ廊下からかすかに聞こえる彼女の声が、気になって仕方がなかった。
不意に立ち上がって、リビングを出ようとした。
「弘司、盗み聞きはいかんぞ」
「バーカ、部屋に戻るだけだよ」
リビングを去る俺に掛かった一声を一蹴して、廊下に出た。
何となく顧みた視界にマリが、廊下に力無く座っている姿が見えた。長い髪に表情は読みとれなかったが、一つ一つの言葉にも、いつもの張りがない。それに追い打ちをかけるように、去り際に目をやった彼女の右拳に、涙の跡が残ってるのを見てしまった。
「……なみだ…??」
俺にはその涙の意味がすぐには理解できなかった。考えられる可能性がたくさんありすぎる上に、それを特定する有力な情報を何一つ持っていなかったからだ。この俺が。
自室のベッドに横になり目を閉じてもなお、脳裏をよぎるマリの涙。
彼氏の声を聞いてうれし泣き?
それとも振られた?
実は、アメリカの弟か兄からの電話?
それとも単なる友達か。
無意識のうちに、いろんな可能性を考えてしまう…。自分でも、どうしてそんなに気になるのか不思議なくらいだった。
その後も、眠ろうとするたびに、あの涙の、ありとあらゆる意味を想像して、ろくに眠れなかった。
しかし海外に出たことのないその時の俺には、有力な可能性…「ホームシック」という単語だけが、思い浮かばなかった。
第五話
マリとはその後、しばらく話をすることが出来なかった。彼女自身再びふさぎ込むことが多くなり、殻に閉じこもってしまった。
学校を休むことはかろうじてなかったが、日本語の分からない彼女にとって、その高校生活は決して楽しく有意義なものではなかったはずだ。
彼女は家に帰ると、俺の父親が彼女のために録っておいた、日本の子供向け番組を、うつろな瞳で眺めるのだった。俺はそんな彼女の姿を見て、心がきりきりと痛む思いだった。
俺が英語を話せれば、彼女はこんなにも寂しい想いをしなくても済んだのかも。そう思えてならなかった。
何とかして彼女とコミュニケーションを取る方法はないものかとあれこれと思い悩んだ。とりあえず俺には英語は出来そうにない。すると、通訳なりなんなりを間に挟むしか方法がない。身近にいる通訳者は、親父しか居ないことになるが、肝心の親父はここのところ仕事が忙しいらしく、会社の宿直室によく寝泊まりしている。
となると彼女が日本語を勉強するか、俺が英語を勉強するかの二者択一になる……。無理だ。彼女が日本語を…というのが一番手っ取り早い気はするが、あの精神状況では…。
一方、今までに5年近く英語を学んでおきながら、まったく会話の出来ない俺は、日本の英語教育の在り方に、少なからず疑問を抱いていた。俺の思考は、延々と、それら学校教育を否定し続けることになった。もうちょっとマシな教育をしてくれれば、こんな苦労することはなかったのに…。
あーあ、ちょっと気晴らしに遊ぶか…。そしてイスに座ってフッと名案が思いついた。
「そうか、この手があった。これならいけるかも」
思い立ったらすぐに行動。俺はそれを無造作に小脇に挟むとマリの部屋まで駆けていった。
「マリ、ちょっといいか!?」
荒々しくノックする音に驚いたマリが、ドアから顔を出した。
その彼女に対して、俺は中学生レベルの英語で質問してみる。
「どぅーゆーのーでぃす?これ、何か分かるか?」
脇に挟んでいたそれを見せる。首が縦に動く。知っている!
「きゃにゅーゆーず? で、マリはこれを使えるのか?」
さらに縦に動く。これならいけるかもしれない。俺の頭の中でひらめいたアイデアは、急速に現実味を帯び始めた。
「わかった。さんきゅーな」
そして、さっさと自室にこもって、あれこれと検討を始めた。
これなら明日に何とかなりそうだ。
思いもかけず夢中になっていて、気が付けば朝になっていた。
第六話
次の日。
「よし、今日の授業はこれで終わりだ。」
社会科の先生が手に付いたチョーク粉を払い落としながら言った。
「きりーーつ。れーーい。」
「ありがとうございました〜」
その言葉を合図に、俺は鞄を持って駆けだした。当然、寝ないで考えたアイデアを実行するのだ。
「おい、弘司!! 掃除当番!」
クラスメイトが猛然と駆けていく俺に声をかけるが、それどころじゃない。
「すまん、借りは返すから!」
何の仮だか分からないが、とりあえず学校を後にした。
そのままダッシュで向かった先は、銀行。今まで貯めておいた、雀の涙ほどの貯金を下ろして財布に詰める。
「5万円しかないじゃないか…」
予算的に、ぎりぎりのラインだった。
「仕方がないな。今月は昼飯を抜いて、また貯め直すか……」
その足で、今度は通りの向かい側にあるお店を目指す。
パソコンショップ。今日の買い物は、翻訳ソフトだ。1本約2万5千円の翻訳ソフトを、日→英、英→日の2種類で、マリとコミュニケーションを取ろう、そういう計画なのだ。
商品陳列棚から、目的の翻訳ソフトを見つけると、何も考えずにレジに出した。
「併せて5万と320円になります。はい、5万500円お預かりいたします。」
持ち金のすべてを失ったショックはさすがに大きいが、マリの神経衰弱に比べたらチョロいもんだ。そうして自分を納得させながら、家に帰った。
家に帰って、早速家のパソコンに買ってきたソフトをインストールする。
軽く操作方法を確認して、すでに帰ってきたマリを部屋に呼ぶ。
「マリ、すっごいものを、買ってきたんだ。これだよ。これ!」
そして、かちゃかちゃとキーボードを叩く。
瞬間、マリの目が、光を取り戻したように見えた。
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