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ShortStory
この作品は、伊月師匠のところで執り行われている、「お遊びショートストーリー企画」に提出するために書かれた物です。お遊びショートストーリーとは、ある指定されたテーマに基づいて、適当にお話をでっち上げるという、それはそれは楽しい企画です。
今回与えられた指令…
テーマ「ちょっとした切ない気持ち」
補足(苦しいほど深い恋心ではない)そして僕と君はすれ違う
雨が降っていた。
「なんだよ〜。ついさっきまであんなにいい天気だったのに。」
この日俺は、ちょっとした用事があって1時間ほど学校で作業をしていた。元々自称帰宅部の俺が、こんな時間まで学校に残っているのは珍しい。ああ、だから雨降ったのか…。
「しかしどーすんだよ……雨降るなんて思わなかったから、傘持ってきてないぞ…。」
途方に暮れた。昇降口まで出てきて、靴を履き替え、グランドが一望できる玄関先まできて俺はさらに落胆する。かなり激しい雨だった。空は低く、叩きつけるように降る雨。水はけの悪いグランドには、互いに重なり合い巨大化したいくつもの水たまりがあった。同じように傘を持っていない生徒は学生鞄を頭に乗せて走る。かかとから跳ね上がる泥が背中を汚す。
「うーん、誰か知ってるヤツいねーかな」
俺は玄関の軒先で雨宿りをしているほかの生徒たちの顔を眺める。そこに、一人の見知った女子生徒を見つけた。
「あ、おーい、遙〜」
俺の呼びかけにゆっくりと顔を上げる遙。赤い傘を手に持っている。
「優輔じゃない。どうしたの? こんな時間まで」
小学校のからの奇妙な縁でずっと同じクラスの遙は、俺の行動パターンを理解している。
「ああ、ちょっと用事があってさ。そしたらこんな雨だろ。どうしようかと思ってさ」
「あー、もしかして傘持ってきてないんだ?」
ニヤニヤといたずらっぽい顔をする遙。俺が何かしでかすと、決まってこの顔で俺を見る。
「しょうがないだろ。朝はすっごいいい天気だったんだし。」
「この梅雨時に傘持ってこないなんて、いい度胸してるわね。それで、置き傘とかないの?」
「あるように見えるか?」
「……うん。見えないね。あはは。」
と笑いながら、手に持った赤い傘を広げて帰る仕草をする。
「じゃー、私、帰るね。お先に。」
「おい、入れてくれよー。」
「いやだよ。優輔と一つの傘で帰ったら何言われるかわかったもんじゃないもん。」
「うわ、ひでーな」
「知らないの? 優輔、女の子の間じゃぜんぜんいい噂ないんだよ」
そんなたわいのない会話をする間も、雨は激しさを増してすでに本降り。このまま傘を差さずに帰れば、風邪を引いてもおかしくない。
「頼むよ、遙。こんなどしゃ降りの中帰ったら、絶対風邪ひいちまうよ。」
「うーん。仕方ないなぁ。じゃあ、この傘かしてあげる。」
「え? 遙はどうするんだよ…」
「私は教室に折り畳みの傘が置いてあるから大丈夫だよ。」
「あ、そうなんだ。助かるよ。」
遙は俺に傘を差し出す。女の子らしい小さな傘。
「取ってくるまで俺、待ってるよ」
「うん。悪いわね。じゃあすぐ取ってくる。」
そして遙が教室に戻ろうと駆けだしたそのとき、
「あーーー!! いた! よかった。遙〜」
同じクラスの美樹がこっちに近づいてきた。
「どしたの? 美樹」
「あのね、今日私用事があってもう帰らなきゃいけないんだけど、先生から仕事頼まれちゃってて……遙にはホント、悪いんだけどお願いできないかな。30分くらいで終わることなんだけど」
「何? 別にいいけど」
「よかったー。助かるよ。あ、お邪魔だったかな?」
美樹は俺のことを誤解したのか、気まずそうな顔をしている。
「ううん。全然大丈夫だよ。じゃぁ、優輔。そういうわけで今日はこれで。」
「そっか。なんならこのまま待ってるけど? すぐ終わるんだろ?」
「そんな気にしなくていいよ。それにちょっと肌寒いし、風邪ひかないうちに帰ってよ。」
「はいはい。じゃ、傘、借りてくな。サンキュ。」
「バイバイー」
遙と美樹に見送られて俺は学校を後にした。
雨はひどかった。傘にぶつかる雨粒が、塊になって流れ落ちる。時折真っ黒な空に閃光が走る。その直後、轟音が大気を揺るがす。激しい雷雨。瞬く空に連動して焦る俺。ったく、小学生じゃあるまいに、たかだか雷ごときに焦ってんじゃねーよ……と思う矢先に甲高い落雷の音が鼓膜を突き抜ける。
「うぉっ、今のは落ちたな!」
いっこうに降り止む気配のない雨足に、どことなくわくわくしながら歩き続ける。そういえば昔、雷でテレビが壊れたことがあったなぁ。せっかく借りておいたビデオが見られなくてさんざんだったよなー。
「あ、今日ビデオ借りに行くつもりだったんだ。」
連鎖的に思い出した単語で行動する俺も俺だけど、あのビデオだけは速攻で借りて見なくては。
早速来た道と反対の方向に歩き出す。ついさっき出たばかりの学校の校門を横切り、ビデオレンタル屋の自動ドアをまたぐ。
「いらっしゃいませー。」
目指す棚へ一直線。そして目指す商品の前。新作シールの貼られた新しいパッケージを手に支払いを済ませて店を出る。
「ありがとうございましたー。」
よし、これで今日は号泣して過ごせそうだ。この映画を映画館で見た友達は、こぞって涙したという、いわく付きの作品。この目で見て確かめない馬鹿がどこにいるか。というより会話についていけなかったのが寂しかっただけなんだけど。
再び遙の赤い傘を手にして、豪雨の中を歩く。遙……そっか、あれから30分くらい経ってるよな。あいつ、もう帰ったのかな。ちょっと学校へ寄って様子を見てみるか……。
見慣れた学校の校門。さすがにこの雨の中、グランドに生徒の姿はない。……いや、玄関の軒先でたたずんでる女の子がいる。どうしたんだろ。傘でも忘れたか?
いろいろと考えながらさらに足を進めると、次第次第に女の子の顔が判別できるほどに大きくなった。遙だ。あいつ、一人で何やってるんだ。友達か誰か、待ってるのか?
「はるかー。」
俺は雨に消されない程度に大きな声を出して遙に呼びかける。ようやく遙のところに到着するとさっきわいた疑問を投げかける。
「どうしたんだー? こんなところで」
「あ、うん。ちょっとね。教室に傘、置いてあると思ったんだけど……その……。」 いつもと違う遙の口調だった。
「……傘なくてさ。どうしようかなって。」
遙は俺に傘を貸しておいて、自分一人悩んでいたのか。悪いことしたな。
「俺のせいでごめん。じゃあ、この傘返すよ。」
「あ、いいよ。大丈夫。さっき先輩が送ってくれるって言ってくれたから。」
先輩? 誰だろう。同じ部活の先輩だろうか。だとすればテニス部だ。
「先輩って俺も知ってる人?」
「だ、誰でもいいじゃない。優輔はさっさと帰りなさいよ。」
「いいじゃん。教えてよ。口説いたりしないからさ〜。」
「もー、早く帰ってよ!」
遙の言う『先輩』は当然、女の先輩のことだと思っていた。だけど遙の口調はどことなくいつもと違う。俺とくだらない話題で盛り上がる遙。いつも同じクラスにいる遙。同じ宿題に悩んで解答を見せてくれる遙。同じテストに苦しんで担当の教師の愚痴をする遙。いつも行動的で明るい遙。
そんないくつもの遙を、俺は知っていた。だから、今回も遙のことが気になった。遙の微妙な変化も、すぐに気がついた。
随分前から遙を見ているけれど、たまにこんな気持ちになる。別に気にすることじゃない。そうだよ。俺は何を考えてるんだ。
……嫉妬?
何に?
……不安?
どうして?
どれもあり得ない。だって、遙だぜ? 好きとか、嫌いとかそんな関係じゃない。
「…………」
二人して沈黙を守ったまま、俺はそんな些細なことが気になって頭を離れなかった。女の先輩が来るだけだよ。何をそんなに気にしてるんだ。そうさ、女の先輩が来るんだ。
だけど、その視界に思考を否定する男が立っていた。
「よっ、遙。お待たせ。」
さわやかに登場した奴は、テニス部エースの風間先輩だった。整った顔立ちに長身。細い体は無駄がなく筋肉だけでできている証。そして話ではインターハイで優勝するほどの腕前を持ったテニスプレイヤー。そうか。遙はコイツのこと…。
「あ、トモダチ?」
風間先輩は俺を見て一言そう言った。遙はうなずく。
「そっか。じゃあはじめまして。俺は3年の風間弘樹。キミは?」
普通に考えたらムカツクほどキザなせりふ回しも、この先輩の口からでると嫌みじゃない。俺は、完全に負けた。
「浜本優輔、2年です。」
遙は先輩の方をずっと見ている。やっぱり、遙は先輩に。だめだ。思考が少し麻痺してる。
「浜本君か。よろしくな。」
手を差し出してくる先輩に思わず俺も手を出してしまう。大きな手で力強く俺の手を握り、何事もなかったように手を離す。握手なんかするか、普通……。
「じゃ、俺たちはこれで失礼するよ。遙。行こうか。」
「……うん」
あれ? あれ? 遙、いつもの爆発した口調はどこへ? おい、マジかよ、遙。おまえ、こんな奴に惚れてるのか…。
「じゃあね…浜本君」
遙は俺に儀式的な挨拶をすると、目の前から消えた。こともあろうに先輩は遙の肩に手を乗せた。くそっ、なんか、こうもあからさまだと……。って、俺は何に怒ってるんだ。別に遙のことなんてどうでも……。あれ…なんか胸がモヤモヤしてる…。
そうか…。そうだったんだ。俺は遙のこと、ずっと気になってたんだ。今まで近くにずっといたから、気づかなかったんだ。俺一人、ガキのころから成長してなかったんだな。
俺の初恋。そして、それに気づくまえの失恋。
振り返って仰いだ空は、いつしか優しい雨に変わっていた。それすらも、あの2人を認めているかのように思える。
遅すぎた自覚。
早すぎた出会い。
そうか。俺は遙のことを。
………好きだったんだ。その夜、俺は借りておいたビデオを見ながら、あまりに境遇の似ている主人公と自分とを重ねて泣いた。
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