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LightNovel
この作品は、伊月師匠のところで執り行われている、「お遊びショートストーリー企画」に提出するために書かれた物です。お遊びショートストーリーとは、ある指定されたテーマに基づいて、適当にお話をでっち上げるという、それはそれは楽しい企画です。
今回与えられた指令…
テーマ「メイド」 舞台:指定無し。
指令:メイドという言葉や意味合いを作品に含めて下さい。カルディア・スフィア
■出会い
ファーリニア山に炭坑を発見したカルディア・バーンは、一代にして巨万の富を得た。その潤沢な資金を惜しげもなく投資して起こした事業は次々と成功を収め、ファーリニア地方一の名声も得ていた。
そのカルディア家に、今日新たに一人のメイドがやってくる。バーンの息子、今年十二歳になるラティスの世話、雑事担当である。カルディア家にはすでに専属のメイドが二人いた。どちらも年は三十歳を越えた年季の入った女性だ。しかしラティスにとってみれば、母親か、あるいは近所のおばさん同然の年齢である。
その上、ラティスは外出を厳しく禁止されていて、同世代の友達はまったくいなかった。今回やってくるメイドは、年が十五。ラティスの三つ上。ラティスにとって初めての同世代の友達となるかもしれない人だった。
早朝、ラティスはいつになく早く目が覚めた。どんな人が来るのか、好奇心旺盛な少年は、はやる気持ちを抑えられずに家のあちらこちらを歩いて回った。
世間的にはメイドというのは、つまり奴隷のことであって、住む世界も価値観もまったく違うところに存在している。場合によっては家畜以下の扱いを受けることもあるし、当然人間としては認めてもらえない。カルディア家に使える都合、姿や服装は整ってはいるものの、その扱いはやはり人以下だった。しかしまだ年
端もいかないラティスにとって、そんな常識は意味を持たない。
「早くこないかな!ミーシャも楽しみだろ?」
「ンニャー」
野性的な肢体を伸ばして甘える飼い猫に、ラティスは自分の気持ちをぶつけていた。
「ニャ」
「ん?どうしたんだい、ミーシャ」
栗色の猫が首を持ち上げ、耳を直立させると、ラティスは気がついた。
「馬の蹄の音だ!!来たんだね!」
あわただしく正門へ駆け出すラティス。ついに友達ができる!やっと僕にも友達が!!
「お父様!」
馬車から降りてきたのはバーンと、カルディア家のメイドと同じ正装に身を固めた若い女性だった。
「ラティス、今日からお前の身の回りを担当するスフィアだ。」
「……スフィアです…。本日よりカルディア家にお世話になります。」
深々と頭を下げたスフィアを見ながら、ラティスは呆然としてしまった。自分と三つしか違わないのに、こんなに丁寧な物腰。その上透き通った青い瞳に、しみ一つない白い肌。風になびく金色の長髪に、思わず思い出に残る亡き母の姿を重ねてしまう。まさかこんな人がメイドとしてやってくるとは、さすがに期待をしていたラティスにとっても期待以上の出来事だった。
「か、カルディア・ラティスです!よろしくお願いします!」
綺麗な瞳に思わずドギマギした反応をしてしまったことを少し後悔する。しまった、お父様の前で…。
「ふははは、ラティスよ、コイツはメイドだ。そんなかしこまった口を利く必要などないんだぞ。」
バーンにとっては一介の奴隷に過ぎない。その代わりになる者など、星の数ほどいるのだ。しかしラティスは汚れのない純真な心を持っていたが故に、メイドとか奴隷とか、そういった下賤の身と自分の差を理解できなかった。
「ラティス様にお遣い致します。何かありましたら何なりとお申し付けください。」
スフィアは表情を変えぬまま、静かにそう言い放つ。そんな口振りを見ながら、ラティスはどことなく哀しい気持ちになっていた。同じ人間なのに…どうしてこんなに差があるんだろう…。■新たなる生活
「ラ……様……ラティス様…朝です。起きてくださいませ…」
ゆさゆさと体を揺すられて、心地よくなったラティスは、再び朝のまどろみに潜る。
「朝でございます…。起きてくださいませ…」
変わらず優しい声がラティスの耳をくすぐる。
「うーん、もうちょっと……もうちょっとだけ……って、あれ?」
寝ぼけた頭でようやく事の成り行きを理解したラティスは、急いで体を起こすと謝りだした。
「ご、ごめん!あ、おはようございます。」
そうだった。今日からスフィアがいるんだった!
「お食事の準備ができております。服をお持ちしましたので、起きてくださいませ。」
「え?着替えたら食べに行くから、先に行っててくれればいいよ…」
「いえ、これも私の仕事ですから、ラティス様の着替えをお手伝い致します。」
「い、いや、いいいいよ。自分でできるから!」
「……そうですか、わかりました。」
突然の申し出に度肝を抜かれた。まさか着替えまでやってくれるとは思いもよらなかった。さすがに羞恥心をある程度持っているラティスには、異性の前で体をさらすなど、出来ようはずもなかった。
「あの…外に出ててくれないと、その…はずかしいんだけど…」
動こうとしないスフィアに、とまどいながら声を掛ける。
「失礼いたしました。それでは、部屋の外でお待ちしております。」
ようやくスフィアは部屋の外に足を向けた。
「あ、そう言えば…スフィアさん…」
「はい…」
歩みを止め、ラティスに向き直る。
「あの、僕には普通の言葉を使ってくれていいよ…。その、なんていうか、そんなに他人行儀だと疲れるでしょ?」
ラティスは自分がその方が嬉しい……とは素直に言えずに、もって回ったような遠回しの説明をした。
「私はカルディア家にお使いするメイドです。ラティス様とは住む世界が異なるのです。言葉遣いもまた、私に与えられた使命ですから。」
そして、部屋を出ていくスフィア。
その後、何日も同じ提案を続けたが、やはりいつもスフィアは同じ台詞を繰り返した。氷のように冷たい、そしてどことなく寂しげな表情で。
ラティスは、自分の言い方が間違っていたことに気づく。僕がそうしてほしいって頼まないと、彼女はずっとあのままなんだ…。■企て
スフィアになついていくラティスの一方で、それを快く思わない二人がいた。
カルディア家に長年勤めているメイド、フィズとキャンドルである。彼女たち二人はラティスが生まれる以前からずっと、この家を見てきていた。
そんな彼女たちにとって、突然降ってわいたスフィアが邪魔で仕方がなかった。
新米のくせに仕事をそつなくこなし、そして奴隷とは思えない肌の色、繊細な髪。
彼女の仕草一つ一つどれをとっても、彼女たちには嫌みに見えた。主人であるバーンに、少しでも良いところを見せたいと願う彼女たちにとって、若い新入りは敵でしかない。何よりも、どんなことをしても顔一つゆがめず、どんなことをしても笑顔も見せない、無機質な性格が気に入らなかった。
最初は些細なことだった。自分たちより少し多い仕事をやらせたり、自分の嫌いな仕事を割り振ったりする程度だった。しかしそれもつかの間。日に日に虐めはエスカレートしていった。
スフィアがカルディア家に来てから1ヶ月が過ぎた頃、フィズが彼女を呼びだした。
「スフィア、ちょっと来てちょうだい。」
「はい…フィズ様、何でございましょう。」
スフィアにとっては大先輩にあたるフィズ。当然その申し出を断れるはずもなく、いつものように素直に申しつけに従う。
「応接間に飾ってある大皿を持ってきてちょうだい。」
「はい。かしこまりました。」
スフィアは何のためらいもなくいつものように仕事をこなす。応接間に行って、金と銀の模様の描き込まれた格調高い−−誰の目から見ても超高級品だと分かる−−大皿を注意して持つ。皿の大きさの割に、相当薄く、職人がどれだけ丹誠を尽くして仕上げた作品かを実感するスフィア。しかし、その直後、不幸が起きた。
スフィアの手から滑り落ちた装飾皿は、堅い床にたたきつけられ、粉々に砕け散ってしまった。スフィアは突然の状況に、置かれた立場を把握出来ずにいた。皿の割れる音に驚き、呆然とその場に立ちつくすのだった。
変わってフィズとキャンドルが応接室に踊り込んでくる。部屋に入るなり大きな声がこだまする。
「ス、スフィア!あなた、なんて事をしてくれたの!」
「ああっ、そのお皿は、ご主人様が大切にしていたもの…」
それぞれに好き勝手にわめき散らした後、フィズの言いつけでキャンドルがバーンに報告に走った。
程なくして放心状態から解けたスフィアが自分の手がねばねばとしていることに気がつく。こすりあわせてみると、どこかで嗅いだことのある香りが漂う。これは……ご主人様が使っている整髪油…。恐らく、フィズとキャンドルが、この無惨に飛び散った皿に、大量の整髪油を塗り込んでおいたのだろう。
キャンドルの報告を受けたバーンは激怒し、スフィアを激しく叱りつけた。
「コイツは3日間、地下牢に放り込んでおけ!飯も抜きだ!」■闇の牢獄
衣服をはぎ取られ、立つことも座ることも出来ない中途半端な姿勢になるように、手と足、そして首にまで枷をつけられ、狭い牢にスフィアが入れられてから、すでに1日が経過した。
スフィアにとってここまでの罰は生まれて初めてのことであった。冷たい石が容赦なくスフィアの体温を奪い、中途半端な姿勢が疲労を極度に高める。姿勢を崩せば首の枷が食い込み、呼吸すらままならず、寝ることも許されなかった。
三日くらい何でもない。最初はそう思っていたが、さすがにこの状況ではそんな平静を保っていられるほどの強い精神力を、スフィアは持っていない。日頃から空腹には慣れていたが、さすがに夜の冷え込みは、空腹のスフィアには堪えがたいものがあった。そして何より、用を足すのもこのままという状況が、より一
層スフィアの精神を引き裂くことになる。
スフィアはそんな中で、自分のこれまでの人生を振り返っていた。他に何もすることがなく、無理な姿勢を維持するあまり、時折痙攣を起こす太股を忘れるには、そうするしか他になかった。
スフィアは幼い頃の記憶がなかった。記憶があるのは八歳の時、ファーリニアの孤児院で目が覚めた頃からだった。孤児院と言っても環境は劣悪で、上流階級によくある白い肌と金色の髪のせいで、他の孤児からは常に浮いた存在だった。
そして容姿の整った外観から孤児院でも対処に困ったのか、すぐに身を売られ、今のような奴隷生活が始まった。それから七年間、人生の大半を見ず知らずの他人のために尽くし、父母の愛情を知らずに育ってきたスフィアは、笑顔の作り方すら知らなかった。
自分が何者なのか、どうしてこんなに白い肌を持っているのか、その理由すら知らされることなく今まで生きてきた。ようやくそれなりの家に奉仕に来たというのに、またしても白い肌のせいで忌み嫌われていく。
牢に入れられて何時間が過ぎたのか。太陽の日の当たらない地下で、スフィアの体内時計は正常に機能しなかった。もう何日もこうしているような感覚に襲われ、腹の底からこみ上げてくる尿意に耐えることで精神力を使い続けていた。
「スフィアさん……?」
牢の中にこだまする聞き慣れた声にハッとするスフィア。ラティスだった。
「あの…パンとスープを持ってきたんだけど…」
スフィアは限界ぎりぎりの崖っぷちにいた。額からはじっとりと脂汗がにじみ出てきて、それでもなお健気に耐え続ける。こんな姿を自分より三つも下のラティスに見られて平気なはずはない。
「こ、来ないでください…お願いします…。」
奴隷の立場を忘れた。何が何でも阻止しなければならないという思いが先行し、ろくに回転しない頭が勝手に口を動かす。しかしラティスはまさか、こんな状況にスフィアが置かれているなどと、知る由もなかった。そのまま歩みを進めたラティスは、手に持っていたランプで照らした先に、自分の知らない世界を目の当
たりにすることになる。
「い…いや…。」
身にまとう物もなく、手で隠すことも出来ず、ただラティスの手にした光がスフィアを照らす。ラティスは言葉を失っていた。一ヶ月前、馬車から降りてきたスフィアとは、まるで別人だった。太股を大きく痙攣させたまま、半腰の状態でかろうじて立っている裸の女性の姿だった。
「ご、ごめんなさいっ!」
ラティスは何がなんだか分からず、とりあえずその場を去っていった。そして、月に照らされる中庭に出て、一呼吸おいて、いつも父親が言っていた言葉を思い出す。
「自分の大切な人は、何が何でも守らんといかんぞ。」
目が覚めた。自分にとって、スフィアは初めての友達なんだ。そして、そのスフィアがあんな風になっている。放っておけない。
手に、頼りなさげな針金を持って、再びスフィアの囚われた牢へと急いだ。
「スフィア……ちょっと、見ちゃうかもしれないけど……その、ごめん。」
優しい少年は羞恥に心を覆われた彼女の心を気遣って一言声を掛ける。
「うう……」
いや、スフィアにはもうそんなことはどうでもよくなっていた。津波のごとく押し寄せてくる生理現象に、ただひたすら耐えることしか出来ない。
それから十数分、牢の鍵、首枷一つ、足枷二つ、そして最後に手枷二つの鍵とラティスの格闘の末、ようやくスフィアは自由の身になった。
しかしスフィアは動けなかった。ラティスはスフィアの表情からそれを読みとると、持ってきた布をスフィアに掛け、彼女を抱き上げて急いで手洗いまで連れて行った。■心の絆
その後、スフィアの申し出で、再び牢に戻った二人。スフィアはラティスに、すぐに部屋に戻るように言ったが、少年はそんな無責任な事はできないと、スフィアの隣に身を寄せ合うように座った。どこからか現れた栗毛の猫ミーシャをスフィアの凍えた膝の上に載せると、静かにラティスが語りだした。
「スフィアは僕のことをどう思ってるか知らないんだけど、僕はいままで一人ぼっちだったんだ。僕が生まれてすぐにお母様は病気で亡くなってしまったから、僕にはお母様の記憶がないんだ。それにお母様の死後、お父様は狂ったように仕事を始めたらしいから、お父様との思い出も全然なくてね…。家はこんな風だから生活に不自由する事はないんだけど、いろいろな決まり事が多くて、僕には友達っていうのが一人もいないんだ。」
どこか遠くを見ながら語るラティスを横目に見ながら、スフィアは自分とラティスの境遇の共通点をいくつか見いだしていた。
この少年は満たされた生活環境の中に身を置きながら、自分と同じ孤独と闘ってきた。それでもなお、自分の境遇を恨むことなく暖かい笑顔を持っている。それに対して自分はどうだ?笑顔を失い、まるで自分が悲劇の渦中にいるとばかり考えていた。
「そんなときに、スフィアが来てくれたんだ!最初は冷たい人かなって思ったんだけど、僕にはすぐに分かったんだよ。スフィアがとっても優しい人だって。でなきゃ、そんな澄んだ瞳、してるわけないもんね。」
少年の無垢な心にスフィアがわずかに持っていた警戒心を解いていく。この人なら信じても良いかも知れない。今まで何十人という人に裏切られ、心を踏みにじられてきたスフィアが、少しずつ心の壁を溶かしていった。
「僕にとって、スフィアは初めての友達なんだ。だから、僕、スフィアが来てから、すっごく変わったんだよ!」
確かにスフィアもそれを感じ取っていた。自分がカルディア家に来たときとは違う、生き生きとした「少年の瞳」に戻っている感じがした。
「それにさ…僕のために頑張るスフィアを見て、自分はまだまだ甘いなって思ったんだ。これだけの家に住んでるのに、自分の大切な友達がこんな風になってても気づかなかったし、そんな友達たった一人、ろくに守れないんだ。結局、僕はお父様がいないと何にも出来ない。すごく弱い人間なんだ。」
「いいえ、そんなことないです…。ラティス様のお心遣いだけで、私はいつも救われていたんですよ。それに、今日のラティス様は、とてもご立派です。ご自分の意志で、成し遂げたんですから。」
スフィアは自分の口から出た言葉に驚いた。人の気持ちを理解して、慮る。今まで自分がしたことのない行動。
「そんな……僕なんか、まだまだだよ…」
「私は幼い頃の記憶がないんです。どこで生まれたのか、自分がどうして白い肌を持っているのか、スフィアという名前は誰が付けたのか、親は誰なのか。今までそんな境遇を不幸だと思って生きてきました。でも環境は違っても、ラティス様のように一人で生きてこられた方がいらっしゃったんですね…。悪いのは自分
の周りにある環境ではなく、自分自身の心の弱さだったと、ラティス様を見て気が付きました。ラティス様は、本当に強い心をお持ちですよ。」
二人は、お互いに、それぞれ受けてきた精神的な苦難を想像し、しばらく言葉を慎んだ。不幸だったのは自分だけじゃない。ラティスはスフィアに、スフィアはラティスに、それぞれ人の心を感じ取り、初めての心の絆を実感した。そしてラティスが沈黙を破る。
「でも、スフィアが来てくれて、本当によかった。僕たち、親友になれるよね?」
身分の差を知らぬ少年の素直な気持ち。大人のルールに擦れることなくこれまで成長してきた優しい心。
「そんな!私はメイドですから…。そのお気持ちは嬉しいのですが…。」
「ううん!そんなの関係ないよ!僕はスフィアと友達になりたいんだ!」
スフィアが初めて受ける人の愛情。どことなく温かな気持ちになって、とても心地が良い。ああ、これが絆なんですね…。
「はい。私も、ラティス様とはお友達になりたいと思います。」
気が付けばスフィアの顔には、柔らかい笑顔が浮かんでいた。
「あっ、スフィアが笑ってくれた!あはは。その顔が見たかったんだ!」
「え…。」
自分自身思いもかけない心の変化に、思わず笑い出してしまうスフィア。
「ふふふ…。今日は、とても幸せな日です。そう、人生の中で一番。」
「こんなので幸せなんて、まだまだだよ。これからもっと幸せになるんだから!」
そして、つかの間の語らいを楽しんだ後、ラティスは部屋に戻ることにした。
「ごめんね、本当はここから出してあげたいんだけど……。あと一日だから、もう少しだけ頑張ってね…。」
「はい、大丈夫です。ラティス様の十分すぎるほどのお心遣いがあれば。」
ラティスは床に散らばった拘束具を一つずつ、スフィアに元通り取り付けて、その場を去った。■浅はか
次の日、ラティスに悪い知らせが飛び込んできた。スフィアが牢を抜け出したことが発覚し、カルディア家を追い出されることになったらしい。
ラティスはすぐに着替えを済ませて、今まさに家を去ろうとするスフィアを呼び止めた。
「スフィア!」
ゆっくりと振り返るスフィアに、昨日見せた笑顔はなかった。ここに来たときと同じ、人形のように冷たい顔。
「ちょっと、こっちに来てよ!」
「ラティス様!そのような者にかまってはいけません。」
メイドのフィズに咎められるのにもお構いなしで、スフィアの手をつかんで中庭に連れて行く。
「ラティス様、どこへ…。」
「はぁ、はぁ、ここなら平気かな…」
「あの、申し訳ございません…。やはり私はラティス様とお友達にはなれないようです…」
心底申し訳なさそうに、俯き、あさっての方向に視線を向けたままスフィアが話す。
「そんなことないよ…。それより、僕が勝手なことしたばっかりに、ごめん。僕がもっとうまくやってれば、見つからなかったのに!」
「いいえ、ラティス様は何も悪くありません。悪いのは、私がここにいることなんです…。私が、ここに来てしまったことが、そもそも間違いだったのです。私さえいなければ……」
「そういうことは言わないって、昨日約束したじゃないか!」
ラティスは悲しくなった。
「スフィアは、僕と出会えたこと、嬉しくないんだ…」
「め、滅相もございません!私がこの家に来て、楽しく日々を過ごせたのもラティス様がいたからこそ…。」
「だったら、どうしてそんなこと言うんだよ…」
「申し訳ございません……ラティス様……申し訳ございません……」
「…スフィア?泣いてるの?」
そっとスフィアの頬を拭うと、大粒の涙が弾け、ラティスの指をぬらした。
「僕のせいで……ごめんね。でも、僕も昨日約束したよね。僕はスフィアを守る、って。だから、これ、持っていってよ。」
スフィアの手に、「これ」を静かに渡す。スフィアの手には、水色の涙のような宝石…太陽に照らされて薄く緑の光を放つ、大粒のトパーズの指輪があった。
「これ、お母様の形見のトパーズなんだ。トパーズには、希望とか、友情の証っていう意味が込められてて、ぜひスフィアに持っていてもらいたいんだ。」
「いけません!そんな大切な物を!」
「大切だから持っていて欲しいんだ。」
「そんな…私のような者に…」
「他の誰でもない、スフィアに持っていて欲しい。僕が大きくなって、スフィアに会いに行くまで。」
「いけません…私は…メイドなんです……醜い奴隷なんです…」
「違う!僕にとっては初めての親友だ!」
強い口調で諭すラティスに、スフィアが顔を上げる。
「ラティス様……わかりました…。では、また再会できる日まで、この宝石はお預かりします…。」
「絶対、会いに行く、ううん、迎えに行くから。今度は僕が君をこの家に連れてくる!」
「……ラティス様…」
「ほら、涙なんか拭って、笑ってよ!これが今生の別れじゃないんだからさ!」
「…はい」
そして、スフィアはカルディア家の門をくぐり、あてのない旅路に出た。■想い
ファーリニアの街の雑踏を感じながら、スフィアはラティスとの思い出に浸っていた。ラティスの優しい笑顔が、言葉が、心遣いが、スフィアの目頭を熱くする。
「ラティスでいいよ」
「だから『様』はつけなくていいよ」
「僕はいつも一人だったんだ」
「小さいときにお母様を亡くして…」
「僕、スフィアが来てから変わったよ!」
「うれしいな。笑ってくれた」
「違うよ。僕だって嬉しいんだから」
「はい…差し入れだよ…」
「遠慮しなくていいよ」
「僕の前では、メイドってこと忘れてもいいよ」
「僕の友達だから」
「スフィアの嬉しいことは、僕も嬉しいんだよ」
「僕たち親友になれるよね」
「スフィアの髪ってきれいだよね」
「奴隷って、どうして奴隷なんだろう。同じ人間なのに。」
「僕には普通の言葉を使ってくれていいよ」
「今度は僕が迎えに行くから」
「次会ったときこそ、親友になれるよね」
「これが今生の別れじゃないんだから………」
それでもなお、スフィアは気づいていなかった。自分がラティスに恋をしていることを…。トパーズの優しい輝きを見て、また再びラティスと会える日を夢見て、今までとは違う希望に満ちた日々を過ごすのだった。■再会
ラティスとスフィアが分かれて幾年。父親の事業の片腕を担うようになったラティスは、持ち前の創造力と他人を引きつける魅力で、労働者にも慕われ、一丸となって事業を成功に導いた。
それなりの富を得たラティスは、幼い頃交わした約束を果たすために、あちこちで人を捜した。そう、スフィアを。情報をかき集め、ラティスが何者かに魅入られたと悪い噂が流れても、ラティスは自分の頭と、足を使ってスフィアを探した。
スフィアはあれから、田舎で細々と自給自足の生活を営み、ラティスとの再会の日を信じて待っていた。寂しくなったときはトパーズの指輪をはめてラティスの笑顔を思い浮かべるのだった。
「ちゃんと笑えるかな……」
「ラティス様は…私のことを覚えてくれているのかな…」
スフィアの美貌に近づいてくる男どもを追い返し、想いを寄せるラティスのために操を守り続けたスフィア。住む場所こそ離ればなれになったが、二人の中には確実に強い絆が生まれていた。
そして彼らは、長い長い離別の時を経て、ついに赤い糸をたぐり、引き寄せあうように再会する。
人望に囲まれたラティス。誰しもがため息をもらす美しさを兼ね備えたスフィア。彼らの再会は、たくさんの人々に受け入れられ、祝福された。それまで口をそろえてラティスを批判していた人ですら、その二人を歓迎するほどだった。それは奴隷とか、上流階級とか、そんな差別的な世間を覆す力を持った、新しい時
代の二人だった。
「スフィア!おかえり!」
「ラティス様!……会いたかった!」
優しすぎる心を持った二人は、頬を涙でぬらし手を取り合う。
「『様』は必要ないんだよ、スフィア。これからは、僕が君を守るんだから。」
「でも、これは私とスフィア様の絆なんです…」
「そうだね…わかった。でも、そのうち『様』なんて言わなくなるよ。幸せすぎてね。」
「ふふふ。そうですね。」
二人の満面の笑顔に、割れんばかりの拍手喝采。ファーリニアの街は、カルディア家の祝福に大いに盛り上がった。その後、スフィアがラティスの子供を授かる。後の彼らに、自分達が幼い頃、決して受けることのなかった多大な愛情を子供に注ぐ姿があった。大きな壁を乗り越えて一緒になった二人の、この上ない幸せの時だった。
「ラティスさん……私、あなたに出会えて本当に良かった。」
「僕も、スフィアのそばにいられることを幸せに思うよ。」
ラティスに寄り添い、子供を抱くスフィアの手に、水色に輝く宝石があった。
トパーズの指輪。その光り輝く石は、将来大きくなった彼らの子供に希望を与える魔法の指輪になるだろう。
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