ゲームの世界について、僕なりの思いをぶちまけてきた数回、読んでくれている人の中にはいらだちを覚える人もいるのではなかろうか?
実は、僕も読み直すとムカツクことがある(笑) 自分の書いた文章ではあるが……。
例えば、第21回で、
| これらの現実を見て、止めてしまうような、気が引けてしまうような人間がいたら、邪魔なだけである。それは、経営者がやれば良いことであって、制作者は気にしたらダメだ。とにかく作ることだけに集中しなければならない。
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という表現があるが、これは、非常に不愉快である(爆)。ここに書いてあるような制作者には、僕はなりたくない。ここに書いてあるのは、あくまで極論であって、理想ではない。僕自身は、経営も、実際の制作も、スタッフ全員で常に考えていくべきだと思っているし、そうでなければいけないとも思う。
では、なぜ過去の僕はそんな事を書いたのか?
ゲームを創っていく上で、いくつもの困難はあるが、それが時間であったりお金がらみの問題ばかりだったら、いやでしょ?
というだけのこと。せっかく楽しいゲームを創りたいのに、「お金、お金、お金、お金」しか言わないヤツではどうしようもない。だから、極論として「経営者がやれば良いことで」と決定づけた。
実際には、それでは会社は成り立たないだろうし、制作者は会社の歯車になり下がる。
次に、第23回にある、
| 要するに、面白いか面白くないかは、デザイナの問題だと。プログラマは単にデザイナの言うとおりにプログラムできればいい
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という表現も好ましくない。「お前はプログラマを何だと思ってるんだ!?」と。
ここで言いたかったのは、これも極端な例だが、「着眼点の優れたデザイナー」がいて、「発想は乏しいが優れたプログラマ」がいたらこういうやりかたでも良いかも知れないな。ということで、実際問題そんなふうにゲームが作れるような人がゴロゴロしていたら気持ち悪くてしょうがない。というか、僕の居場所がないじゃん。
そうじゃなくて、現実的にはデザイナーが思いつかない事もあるだろうし、プログラマが見落としているところもあるだろう。そういう部分は各々が補いあっていったほうが良いゲームに近づくし、だいたい現場はそんなもんだ。
ただ、注意したいのは、「誰が製作指揮・監督なのか」。これを見失うと、ちゃらんぽらんなゲームになってしまう。責任不在ということになりかねない。「このゲームのことは、アイツに聞けば必ず答えが返ってくる」くらいの人に指揮をさせておいたほうが、僕は良いと思う。責任不在になったゲームは、それぞれが誤解・勘違いを繰り返し、収拾のつかないダメゲーへとコマを進めるはずだ。
というように、僕自身の中でも煮え切っていない題材だったりする。これは僕が現場にまだ1年しかいないこと、未熟であることなどが影響していると思う。ただ、フリートークのネタとしては、とても面白いと思って、あえて取り上げた。
読み手に要求するスキル「何が真実で、何が嘘なのか」というあたりも重要だったが、わざわざそれを前書きで警告したり、注意したりはしなかった。インターネットで情報を収集する上で、そういうコンピュータ・リテラシーに関わる部分までここで展開するのはあまりに僕が未熟すぎる。そんなわけで、事後になってしまったが、いまここで一応の警告をしておこう。
書かれていることを真実として受け止めることのないように……。
真実は、あなたがあなたの目で、耳で、肌で感じたことです。
ここにはBOISという人間が感じたことがかかれています。
人の考えは時とともに激しく変化します。
BOISの考えもまた、非常に(非常に!!)激しく変化します。
以上のことを忘れないでください。
え? いまさら遅いって? んー、申し訳ない(汗)